国会中継を全部ニコ動に上げてしまうための理論武装

タイトルはH-Yamaguchi.net: 国会中継は全部ニコ動に上げてしまえより。
すこし調べてみると、昨日の議論(大塚耕平さん@予算委員会の議論が熱いのでニコ動にうpしてみた - 反言子)があまりに浅はかであることを痛感しました。いくつかの意見を参考に、国会中継のニコ動へのうpをできる限り白に近づけようと思案を凝らしてみました。
はじめに極論してしまえば、現状の著作権なんて時代遅れだから好きにやれ、といえます。でも、もうちょっと真っ向から著作権の現状とこれからのあり方を考えたいというかたがいらっしゃれば、以下の議論は参考になると思います。ただし僕は政治も法律も素人なので、不適切な点があればぜひご指摘ください。
最低限の内容を知りたいかたは、著作権に関するキーワード」、「著作権法第40条」と「論点」、そして最後の「大手を振ってニコ動に国会中継をうpするために」をお読みいただければ十分だと思います。

著作権に関するキーワード

著作権に関するキーワードを自分なりに、おおざっぱに説明します。
著作権等の制限規定:「権利制限」ともいいます。著作権の縛りを受けなくてもよい条件を定めたものだと思います。たとえば「リンゴとバナナの写真は複製してもよい」という権利制限があるとして、それを厳しく守らせるのが「限定列挙」の考え方です。逆に「ならミカンもおkだろjk」というのが「例示列挙」または「解釈論」で許諾されるかもしれない事例、だと思います。
フェアユース:「著作物をまっとうなやり方で利用するのであれば著作者の許諾をとらなくてもいい」という仕組みだと思います。「権利制限」よりも自由に著作物を利用する機会(リスク)を保障するのが目的でしょう。「日本版フェアユース」「権利制限の一般規定」などの名前で各機関で議論されています。
公衆送信:公衆によって直接受信されることを目的とした送信。「放送・有線放送」と「自動公衆送信」の二つがある。
放送・有線放送:公衆送信のうち、公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う無線通信・有線電気通信の送信。
自動公衆送信:公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの。

国会審議の著作権について考える論点と三つの意見

政治コンテンツの著作権を考えるうえで重要な著作権法第40条を確認します。法令データ提供システム著作権法および社団法人 著作権情報センター著作権法を参考に、整形して引用します(理解のために「1項」を明記しました)。

著作権法 平成20年6月18日第81号

第40条:政治上の演説等の利用

1項:公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第42条第1項において同じ。)における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。

2項:国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人において行われた公開の演説又は陳述は、前項の規定によるものを除き、報道の目的上正当と認められる場合には、新聞紙若しくは雑誌に掲載し、又は放送し、若しくは有線放送し、若しくは当該放送を受信して同時に専ら当該放送に係る放送対象地域において受信されることを目的として自動公衆送信(送信可能化のうち、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものを含む。)を行うことができる。

3項:前項の規定により放送され、若しくは有線放送され、又は自動公衆送信される演説又は陳述は、受信装置を用いて公に伝達することができる。

以下のような論点が挙げられます。

  • 論点1:国会審議の映像は「1項」に当てはまるのか?
  • 論点2:インターネット中継(IPマルチキャスト)は「2項」の「有線放送」または「(同時送信な)自動公衆送信」に当てはまるのか?
  • 論点3:「2項」にネット配信のような自動公衆送信は含まれないのか? すなわち「2項」は「限定列挙」なのか?
  • 論点4:国会審議のインターネット中継に、ビデオライブラリでの配信に、第3者による二次配布に、「フェアユース」は認められるのか?

これらについて以下の三名のかたの意見を参考にしながら議論を深めます。なお、僕がこの調べ物をした動機が「大手を振ってニコ動に国会中継をうpしたい」というものなので、当然そういう方向にバイアスがかかるかもしれないことはご了承ください。
結論に飛ぶ

(1)栗田隆さん

関西大学法学部教授栗田隆さんの見解を紹介します。
栗田隆:著作権法注釈/40条(1999年9月16日−1999年9月26日)
10年前の法律に基づいておりネット中継などは考慮されていませんが、著者の主張には個人的に強く賛同します。その主張とは「国民が議員の活動を評価するためには、議員の長期間に渡る活動内容を知ることが必要であり、議員の国会・議会における発言は、原則として本条1項に含まれるとすべきである」というものです。
著者は「1項」を「政治上の意見の自由な流通により民主主義の維持・発展に役立てるため」のものと主張します。「1項」の対象を「政治の方向に影響を与えるような意図をもって」なされる演説・陳述」(加戸)とし、「2項」の対象を「実際上、国会・議会における公の演説・陳述で政治上の意見の表明に該当しないもの」(著者?)、「具体的には、参考人の意見陳述であり、議員の質疑、政府側の答弁のうちで、1項に該当しないもの」(加戸)としています。
加戸さんの解釈に立つと国会審議における発言は「2項」になり、著者もそれが有力な説と認めていますが、もうちょっとその「2項」を幾分か「1項」にねじ込みたいというきもちも感じ取れます。政治に対する興味を育むきっかけを増やせるという点で、個人的にも共感しました。
「有線放送」と「自動公衆送信」の区別についても議論されています。なるほど「アクセスの容易性」「データベース化の容易性」「発信の容易性」という特徴を考えると、ネット配信のような自動公衆送信について利用を認めないという慎重さにも納得できました。

  • 論点1:国会審議における発言をできる限り「1項」と解釈したい。現実的には大部分の発言が「2項」である。
  • 論点3:「自動公衆送信」を「有線放送」と厳しく区別している。ただし報道の現状を考えると「2項」を「例示列挙」として「自動公衆送信」を認める余地があるべきだ。

この時点の法律によると、「国会審議は1項だ!」という言い分が通用するなら、または、「2項」が「例示列挙」としてあいまいさが認められるなら、ネット中継やネット配信が許諾される可能性がありそうです。

(2)太田昌孝さん

東工大情報理工学研究科講師太田昌孝さんの見解を紹介します。
CiNii - 国会審議のインターネット配信とフェアユース(2007年5月25日)
国会審議のネット中継が浮き彫りにした、フェアユースをめぐる矛盾:コラム - CNET Japan(2007年8月23日)
各機関が国会審議の著作権をどう捉えているかを把握できます。

  • 論点1
    • 著者・文化庁:「1項」は施政方針演説などの演説や著述であり、政府委員や参考人の政治的意図のない発言は「2項」である。
  • 論点2(「(同時送信な)自動公衆送信」を含まない、改正前の法律の議論)
    • 著者:「IPマルチキャスト」は「公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的」としたもので「有線放送」である。
    • 文化庁知財本部・JASRAC:「公衆からの求めに応じ自動的に行」っているので「自動公衆送信」である。
  • 論点3(「(同時送信な)自動公衆送信」を含まない、改正前の法律の議論)
    • 文化庁(甲野著作権課課長・加茂川幸夫次官):「2項」は「限定列挙」である。ネット配信は違法である。
    • 衆議院(庶務部栗田広報課長):インターネット中継は「自動公衆送信」だが「放送・有線放送」と同視できる。「2項」は「限定列挙」ではない。
  • 論点4

おおざっぱに限定列挙派(文化庁)とフェアユース派(衆議院・著者)で眺めてみます。限定列挙派はインターネット中継・配信を違法としつつも、フェアユースの余地を認めているようにも思えます。フェアユース派は「参政権」との対立、「2項」が「限定列挙」でないという解釈、国会の意思でサービスが続いているという事実などから、インターネット中継・配信を正当化します。
もしそうなら「2項」における自動公衆送信が許諾されるわけですから、(報道を目的とした)二次配布も認められるべきだと思います(この理解が間違っていないか不安ですが)。しかし、インターネット中継が実質的に「有線放送」であることを考えると、明らかな自動公衆送信であるネット配信までをも許諾されるとするのは飛躍だと感じます。
これはこれでありがたい解釈であり主張なのですが、「2項」の「限定列挙」について文化庁と真っ向からの対立するのはすっきりしません。また「参政権」という基本的人権を重視することは感情的にはすごく賛同できるのですが、拡大解釈ではないか、法的な解決といえるのか、という疑問が残ります。さらに「国会の意思」というのは著作者からの許諾であって、フェアユースではない従来の著作権の枠組みだと思うのですが、僕が勘違いしているのでしょうか。
著者の主張は衆議院のサービスを正当化するうえではすごく頼もしいものだと思います。だから著者が二次配布についても同じ見解を示されるのかどうか気になります。「投票するだけが参政権じゃないんだ!」と目から鱗が落ちた僕としては、国会審議をニコ動にうpすることもまた立派な「参政権」の行使であることを強く望みます(しかし、そういう趣旨で「参政権」を説く文書を見かけないのですが)。

(3)かんぞうさん

かんぞうさんの見解を紹介します。
「知」的ユウレイ屋敷: [著作権]国会審議をインターネット配信することの著作権法上の議論を紹介する記事の疑問と、これが示唆する問題提起(上)(2007年8月25日)
「知」的ユウレイ屋敷: [著作権]国会審議をインターネット配信することの著作権法上の議論を紹介する記事の疑問と、これが示唆する問題提起(下)(2007年8月26日)
太田さんの記事を引き合いに、立法のプロセスを考慮して議論を深めています。法改正についてのフォローもあり、現状ではこちらを参考にすべきだと思います。「上」のコメント欄では「知る権利」について議論されておりこれも興味深いです。

  • 論点2(「(同時送信な)自動公衆送信」を含む、改正後の法律の議論)
    • インターネット中継は「2項」の「(同時送信な)自動公衆送信」に当たり合法だが、ビデオライブラリのような一般的な自動公衆送信は許諾されない。
  • 論点3(「(同時送信な)自動公衆送信」を含む、改正後の法律の議論)
    • 議論の混乱を避けるために限定列挙を主張するのはもっともだが、一方で「(同時送信な)自動公衆送信」の許諾は大きな前進であり、一般的な自動公衆送信を「2項」の解釈に含める余地はある。
  • 論点4
    • フェアユースを持ち出すまでもなく、解釈論で、インターネット中継はもちろん、ネット配信をも許諾できるのではないか。

「2項」の改正によって国会審議のインターネット中継は明らかな合法になりました。だからこそビデオライブラリは明確に違法であるという解釈もある一方、自動公衆送信を一般的に議論するための前進ともとれます。限定列挙でだけでなく解釈論も必要であるという筆者の主張にも納得できます。明文化されていずとも、ネット配信にもあるていどの正当性が認められてよい気がします。もしそうなら、一般的な自動公衆送信である二次配布も許諾されるべきでしょう(繰り返しますが、この部分は正当でしょうか?)。
コメント欄の議論は、太田さんの憲法上の権利を考慮した議論をべつの側面からみたものとして、フェアユースを補強する材料になりそうです。

大手を振ってニコ動に国会中継をうpするために

それでは、ニコ動への国会うpを正当化する根拠について検討していきます。

  1. 国会審議は著作物ではない!
    • いろいろな解釈が著作物であることを前提にしているので難しいでしょう。
  2. 国会審議は著作権法第40条「1項」に当たる!
    • 認められる部分もあるでしょうが、参考人の証言などを利用できない以上、国会審議をうpしたいという現実的な問題には対応しきれないでしょう。
  3. ネット配信は「(同時送信な)自動公衆送信」だ!
    • もしそうなら「2項」の法文から明らかに合法ですが、解釈に無理があります。
  4. 「例示列挙」または「解釈論」の立場から、「2項」は一般的な自動公衆送信を許諾すべきだ!
    • 法文からは逸れる解釈です。個人的にはぜひとも認めてもらいたい主張です。逆に「2項」の自動公衆送信を同時送信なものに限ることの意味(のなさ)を考えることで、この主張を補強することもできる気がします。
    • しかし、ビデオライブラリのような国会みずからによるネット配信と、ニコ動のような第3者による二次配布を、一般的な自動公衆送信として一括できるかが不安です。識者の見解をうたがいたいです。
  5. 日本の著作権は現状でもフェアユースを認めている!
    • その場しのぎですね。
  6. 参政権」や「知る権利」からニコ動に国会審議をうpするのは当然の営みだ!
    • 権利の対立から限定的な意味でフェアユースを主張するのはいくらか妥当です。問題は、その根拠となる権利が二次配布をも許諾するほどのものなのか、ですね。その主張には情熱と憲法に対する深い理解が必要だと思うので、情けないですが僕がここで真っ向から取り組むことは避けさせていただきます。

有効と思われるアプローチは以下の二つです。一つは、「解釈論」的に「2項」が一般的な自動公衆送信を認めるべきであるという立場に立つこと。もう一つは、基本的人権との関わりを論じつつフェアユースを主張することです。

しかし、よくわからないことがあります。どうやら「法文を柔軟に解釈すること」と「フェアユースを主張すること」と「法律を改正すること」はみんな対立し合ってしまうのでしょうか??? 素人考えで、まず解釈論で「2項」における二次配布の正当性を主張し、それでもだめだったときのために基本的人権をプラスしてフェアユースを主張し、そうやって議論を起こすことでより現実に即した著作権に改善するきっかけになればいいなあ、と考えてしまいます。これはただのわがままでしょうか。どうも、法律の世界というのはそういう感じがします。
現実と感情に従っていえば、ニコ動への国会うpは認められるべきだと僕は確信します。国会に関する情報にアクセスする手段を増やすこと、ウェブサービスを通して国民が政治について意見を深める機会を得ること、何より国会審議の二次配布という問題を通して僕が政治に興味をもったことなどは、国民と国家の発展に大きく寄与することはあれど、妨げることは考えがたいです。
なるほど、これが現状の著作権がもつ「権利制限」のシビアさであり、フェアユースが求められる原因であるとするなら、現状の法をくぐり抜けてしのぎを削ることはまったく未来のためにならず、ただフェアユースの導入を一刻も早く願うのがまっとうかもしれません。それでも、このいまに信念をもって二次配布を通して政治に貢献しようというのなら、違法行為を犯すという事実を背負わざるをえないのでしょう。