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車の運転をしていた。母に教わっていた。僕は操作を誤り、母の車にぶつけてしまった。軽くぶつかっただけなので、大したことはないと判断した。しかし、バンパーはぼこぼこにへこんでいた。なんじゃこりゃー。
車が勝手に動きだした。エンジンはかかっていない。曲がりくねった坂道を滑り落ちるように動くのだ。しかし、ここは水平である。勝手に動くはずがない。とりあえずとめなければ。僕は車に向かい、手を伸ばそうとする。すると、車は逃げるように曲がりくねる。傾きのない坂を滑り落ちていく。追いつかない。落ちる。そちらは崖だ。
そこは僕の家の近くにある公園の海岸だった。崖の下には磯が広がっている。冷たい風が肌をさす今日、釣り人はいないようだ。大惨事にはならない。いや、映画みたいに車が爆発したりするのだろうか。あるいは、ガソリンが海に流れ出て地球にお優しくないかもしれない。だが人間は傷つかない。この根拠のもとで、僕は冷静であれた。車にはもうとどかない。崖から転がり落ちるそれを、呆然と見尽くそう。
ところが、母が全力で車に向かう。なんだこいつは。車はもう崖から身を乗り出している。母は僕に叱責しながら、なおも車に手を伸ばす。なにをそんなに怒っているのだ。車はもはや転がり落ちる。遅かった。だが終わらない。母は崖をくだる。
(続く)