たとえば

危機的状況におかれた互いに初対面の複数人が数十時間のうちに強く団結するのは、物語時間の共有量が膨大であるから、と言い回すことができるかもしれない。もちろん、そういう状況において複数人が団結する保証はないわけだけど。
その線でいくと、片想いというのは、ある他者に対する物語時間を育成することか。