きもちいい違和感

アニメの声優の演技を聴いていると、違和感を覚えることがある。そんな違和感を思い出してみる。ここでの違和感の対象に批判の念はない。僕が感じる、きもちいい違和感である。

声が変1

独特の声質として評価されている声質があるが、僕はそれについて、変な声だな、とはじめ感じた。その声質が、次第に好きになったところもあるが、いまでもやっぱり変だなと思うことがある。

声が変2

若いひとの声質について、変な声だなと思った。しかしそれは若さによるものだと思われる。役者でなくとも、声のしっかりさ、物腰のしっかりさというのは社交経験、職業経験に受ける影響が大きいだろう。だからこの変さというのは、単なる未成熟さであって、上手さ/下手さとはべつのものだと思う。たとえるなら、幼児のウエストがくびれていない当然さである。

滑舌が悪い

滑舌が悪いと、滑舌が悪いなあと気になる。しかし言葉を聞き取るのに支障がでるほどの滑舌の悪いさ、すくなくともテレビアニメでは耳にしないと思う。滑舌のよさというのは、次元としては上手さ/下手さの軸にあるかもしれないけれど、総合的にはたいした影響がないと思う。

他分野の演技っぽい

僕は演技についておもっくそ素人なのであれだけど、たとえば舞台演劇っぽいな、と感じることがある。それは「浮く」かもしれないが、(「アニメの演技はアニメっぽくないといけない」という前提を拒否したうえで)上手さ/下手さとは異なると思う。

なんか洗練されていない

これはアニメというか、ほかの創作分野でたまに味わうのだけれど、何かプロっぽくない声の出し方、演技の仕方みたいなものを感じる。これは上手さ/下手さの軸にある問題なのかもしれないけれど、個人的にはこれすらもそうでなくて、というのは、役者のようにふだんからしゃべるひとはいないだろうという意味で。さっきと同じ感じで「演技による作品は訓練を積んだ役者が一般的におこなうような演技によって演じられなければならない」という前提を拒否したうえで。

反・きもちいい違和感

とてもアニメ的で声優的でたいしたものであるという演技がある。映像や作品と調和した貫禄の演技だ。これは純粋な上手さなのだと思う。さっきまで挙げていたような違和感、これらは、僕はそうではないけれど、たぶん下手さと意識するひとはそれなりにいると思う。けれどそういう文句をつけられないだろうと素人ならが感じる演技がある。そこにはすごさはあっても違和感がない。だからといってそれが好きなわけではない。