本を読みたくない理由

本を読むことがある。本を読みたくない理由はたくさんある。
難しい本が読めない:難しい本は読むのに時間がかかる。時間をかけてもわからないことが多い。
知らない言葉にイライラする:疎い分野の評論や、人名や地名が記される文芸全般において、知らない言葉に溢れていて、インクのシミばかりに見えてイライラする。インクのシミを見てもおもしろくない。
簡単な本を読み飛ばすとむなしい:読みやすい本ははやく読めるので、はやく読むことになる。するとはやく読み終わる。なぜ「難しい本が読めない」のに、その逆もあるのか、というギャップに戸惑う。
革新的な考えに触れると自己否定の苦しみがある:おもしろさと革新さはある程度通じ合うと思うが、度を超した革新さは神経を衰弱させる。
本の内容をまとめるのがめんどうくさい:本の内容を理解するために要約が有効な仕事であることは経験や一般論からうかがえる。しかし要約はめんどうくさいし、意外と難しい。要約に屈すると「じつはわかっていないのでは」と自虐する。
よい箇所を引用するのがめんどうくさい:本の内容を批評するときに引用は有効な仕事である。また本を思い出すための自分なりの索引としても引用は利用できる。しかしめんどうくさい。どこからどこまでを引用するかを考えるのも意外と難しい。
本に書き込んだり折ったりするのがめんどうくさい:文字を読むときに、文字を読む意外のことをするとめんどうになる。本を物理的に加工するのはなんとなくきもちわるい。
重要な本は読み直せばよいと考えつつ実際に一度読んだ本を読み直すことはまれである:本はてきとうに読んで実質的に捨てる。本がかわいそう。
本を読みたい理由もある。
安い:新古書店における本の価格は内容の質と関係しない。またほぼ無制限に無料体験できる。
文字を読むと楽しい:こともある。