筒井康隆『文学部唯野教授』

筒井康隆『文学部唯野教授』(p.211)
「歴史的・社会的・文化的コンテクストを離れてものを言ってほしくはないね。今の日本じゃ大学を離れたところで理論の確立はできません。どんな立派な文学理論を樹立しようが、それをやったのが人気作家であってご覧なさい。たとえ一方では現役の教授であっても学会では問題にされず、かわりにどっとマスコミが押し寄せ、寄ってたかって茶にしてしまい、その文学理論は社会的に抹消される。それにね君、無から有を生じることはできませんよ。研究には時間と金がかかります。今ぼくが短編を書いているのはいわば文学理論の実践または試行、またはフィールド・ワークとしてやってるわけでさ。もしこれが仕事ってことになってご覧よ。それに対する大学という制度内からの反撥による弊害についてはもう話したよね。ぼくには財産なんてものはないし、小説の執筆に追われて時間がなくなることも眼に見えてます」