人工知能学会『知性の創発と起源』(知の科学シリーズ第1巻)

知の科学的な理解に関する論文集。人工知能学会誌の特集がもとになっているみたい。構成やその案内に気が遣われていて、おもしろい仕上がりになっている。創発という概念やシステム論そのものについては詳しく書かれてない。あえてそういったものを柔軟に捉えて編纂したのでしょう。

知性の創発と起源 (知の科学)

知性の創発と起源 (知の科学)

おもしろかった章を取り上げる。

1章 脳における生成とクオリア茂木健一郎

茂木さんがなぜいつもクオリアを強調しているのか、ちょっとだけわかった気がする。
人工知能研究の背景として、情報検索やデータマイニングなどの計算的な知能と、自然言語処理などの人間的な知能がかけ離れていること。また、そのうえで身体性を重視したアプローチを紹介する。
ここで茂木さんは新しいものを生み出すこと(生成)を人間的な知性の本質とし、生成に対する客観的な立場と主観的な立場の考察、また、「やさしい問題」と「難しい問題」の議論を通して、生成とクオリアの関係を論じる。
神経レベルでは様々なコンテキストが同時に反映されて生成が起こる一方、「その刺激の主観的な知覚自体(そのクオリア)は変化しない」(言い換えづらいので引用、p.35)。
クオリアを物理学的に還元して生成を解明するのか、わかりやすいモデル化のためにクオリアという概念を用いるのかは、研究者の指針次第でしょう。あくまで科学的な知識・方法に基づきつつ、それでも説明できないことに踏み込むために、クオリアという概念に注目することの意義には納得できた。

5章 創発のためのソフトウェア(中小路久美代、山本恭裕)

この本の中ではとてもシンプルでわかりやすい研究。楽しく考え、手を動かすために大事なことは何か、そしてそれをツールとして実現しよう、というもの。紙と鉛筆、スケッチなどの素朴ながら強力なツールを Reflection-in-Action と Reflection-on-Action の観点から分析し、ソフトウェアの設計に活かす。書きながら考えが深まること、書いたものを手がかりに新しいことに気づくこと、空間配置によってアイデアが広がることは、経験的にたやすく理解できる。
このように知的生産のためのソフトウェアは、従来のように機能に基づいて設計することよりも、人間とシステムのインタラクションから出発するという考え方へ移り変わるということを示唆する。ほーんとかな、と、ちょっと疑いたくなる。それに強力な紙とペンをあえてソフトウェアに置き換える意義とはなんだろう。わかりやすくて、おもしろく、議論のネタになる論文だと思った。

6章 身体的「知」の進化と言語的「知」の創発岡ノ谷一夫

文章も内容もおもしろく、エキサイティングな論文。
言語に関する身体性における「淘汰」と「創発」を考慮し、言語は人間に固有かつ生得的なものであるというChomsky的な立場を前提にしつつ、それでもなお動物に言語能力の起源を見出していく筋書きに唸った。しかし、やはり創発というキーワードが強力すぎて、この巧妙な説明は科学といえるのか、科学的な方法論とは何か、という疑い、危うさを覚える。